「個人情報は入力禁止」の一行では迷う 障害福祉事業所の生成AI利用ルールで決めること

職員が生成AIでお知らせ文を整えたり、文章の言い回しを相談したりする場面が出てきた事業所もあるでしょう。利用ルールを作るとき、「個人情報は入力禁止」と一行書いて終わりにしていないでしょうか。
障害福祉事業所が扱う利用者の情報には、障害があることや障害福祉サービスを使っていることを示す、個人情報保護法の「要配慮個人情報」が含まれやすくなります。名前を消しても、そうした情報は文章の中に残りやすいものです。そのため、利用ルールには「入れない情報」に加えて、次のことを書いておきます。
- 職員が使ってよいAIサービスとアカウント
- 利用者の情報を扱う作業を認めるか、認めるならその条件
- 入力する前に職員が確かめること
- 本人への説明と、誤って入力したときの報告先
この記事では、職員から出てきそうな依頼文を例に線の引き方を確かめ、ルールの例文を紹介します。
「個人情報は入力禁止」だけでは、職員が一人で判断することになる
「このメモは、個人情報に当たるのだろうか」。ルールが一行だけだと、職員はこの問いを入力のたびに一人で判断することになります。
個人情報保護法は、本人に対する不当な差別や偏見などが生じないよう、取扱いに特に配慮が必要な情報を「要配慮個人情報」と定めています(第2条第3項)。政令は、その一つに、身体障害・知的障害・精神障害(発達障害を含む)などの心身の機能の障害があることを挙げています(施行令第2条第1号)。e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」/同「個人情報の保護に関する法律施行令」
個人情報保護委員会のガイドラインは、障害福祉サービスを受けていること、または過去に受けていたことを特定させる情報も、これに該当する例として示しています。個人情報保護委員会 ガイドライン(通則編)2-3
支援記録、個別支援計画、ケース会議のメモ、家族との連絡帳。どれも、障害福祉サービスの利用を前提にした書類です。名前を「Aさん」に変えても、年代や利用しているサービス、その日の出来事がそろうと、ほかの情報と照らして誰のことか分かる場合があります。名前を消しただけで個人情報でなくなるとは限りません。
ルールに「個人名を入れない」とだけ書くと、名前のない記録のメモが「入れてよいもの」に見えてしまうおそれがあります。
事業所の運営基準にも、関係する決まりがあります。従業者と管理者は、正当な理由なく、業務上知り得た利用者や家族の秘密を漏らしてはなりません。事業者は、職員だった人が漏らすことがないよう、必要な措置を講じることも求められています。e-Gov法令検索「障害者総合支援法に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準」(平成18年厚生労働省令第171号)第36条
この第36条は居宅介護の規定で、生活介護・就労移行支援・就労継続支援・共同生活援助などの規定でも準用されています。AIの利用ルールは単独で作らず、こうした秘密保持の決まりや、事業所の個人情報の取扱規程とつなげておくと、職員への周知や退職時の確認にも使えます。
職員の依頼文で、入力してよいかを確かめる
職員から出てきそうな依頼を、三つ並べてみます。いずれも説明のために作った架空の例です。
依頼A:行事のお知らせ文を読みやすくする
次のお知らせ文を、短く読みやすい文に直してください。
「11月14日(土)10時から、事業所のホールで作品展を開きます。ご家族もご覧いただけます。」
利用者の情報は含まれていません。事業所が認めたサービスで使ってよい作業の例です。ただし、直した文で日付や時刻が変わっていないかは、職員が元の文と見比べます。
依頼B:観察メモを記録の文章に整える
次のメモを、支援記録の文章に整えてください。
「Aさん(30代男性、生活介護利用)。昼食後、大きな音がしたときに耳をふさぎ、しばらく廊下で過ごした。15分後に作業へ戻った。」
名前は記号になっていますが、年代・性別・利用しているサービス・その日の様子が残っています。要配慮個人情報を含むものとして扱います。事業所として条件を決めていない段階では、この依頼は入力しません。
依頼C:新人向けの手順書をやさしい言葉に直す
新人職員向けの「送迎時の確認手順」を、やさしい言葉に直してください。
(手順の最後に「以前、〇〇さんが車内で体調を崩したときは……」という段落がある)
手順そのものは、一般的な業務の文書です。ただ、最後の段落に利用者が分かる出来事が書かれています。この段落を除いてから入力すれば、依頼Aと同じ扱いにできます。
迷いやすいのは依頼Cです。業務の文書に見えても、一部に利用者の情報が混ざっていることがあります。そこでルールには、入力する前に職員が確かめる問いを書いておきます。
- この文章から、誰のことか分かる記述はないか(同じ事業所の職員や家族が読んだ場合も考える)
- 障害・病気・服薬・家族の事情・サービスの利用が書かれていないか
- 使おうとしているのは、事業所が認めたサービスとアカウントか
職員から一番多く出てきそうなのは、依頼A・B・Cのどれでしょうか。AやCが多いなら、利用者の情報を入れない範囲でルールを始められます。Bが多いなら、利用者の情報を扱う作業を認めるかどうかを、先に事業所として決める必要があります。
利用者の情報を扱うかどうかは、条件を決めてから判断する
依頼Bのような作業を認めるかどうかは、職員一人ひとりではなく、事業所として決めます。
個人情報保護委員会は、事業者が生成AIサービスに個人情報を含む指示を入力する場合、特定した利用目的の達成に必要な範囲内であることを十分に確認するよう注意喚起しています。あらかじめ本人の同意を得ずに個人データを入力し、それが応答の出力以外の目的で扱われる場合は、法の規定に違反することとなる可能性があるとも示しています。個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)
同じ注意喚起は、そうした入力を行う場合、サービスの提供事業者が入力された個人データを機械学習に利用しないことなどを、十分に確認するよう求めています。
障害福祉の現場での例もあります。厚生労働省のサイトで公表されている「障害福祉現場における生産性向上の基本的な考え方」(令和8年3月)には、障害児通所支援の一つである児童発達支援の事業所の事例が載っています。保護者面談の録音と、生成AIによる要約を試した事例です。この事業所は、入力データが再学習に使われない企業向けアカウントに使用を限定しました。生成AIの利用について同意書を作成し、承諾も得ています。サービスの種類や事業所の条件が違えば、同じ方法がそのまま当てはまるとは限りませんが、条件を決めてから使い始めた例として参考になります。厚生労働省「障害福祉現場における生産性向上の基本的な考え方」PDF40ページ
認めるかどうかは、次のような条件によって変わります。
- 契約と設定: 入力した情報を提供事業者が学習に使うか、どこにどれだけの期間保存されるか。
- 利用目的: 事業所が利用者に示している個人情報の利用目的の範囲で、その作業を行えるか。
- アカウントと端末: 職員個人のアカウントや私物の端末ではなく、事業所が利用状況を把握できる形か。
- 説明: どの書類を、どのAIで扱うかを、本人に伝えられるか。
この記事では、個別の運用が法令に照らして適切かどうかまでは判断できません。条件の整理に迷う場合は、事業所の個人情報の担当者を通じて、専門家や関係機関に確認してください。決まるまでは、利用者の情報は入れず、架空の例や依頼Aのような作業で使い方に慣れておく方法をおすすめします。
利用ルールの例文
ここまでの内容を、職員に配るルールの形にした例です。事業所の規程や契約に合わせて書き換えてください。
生成AIの利用ルール(例)目的
お知らせ文、手順書、研修資料などの文章作りの手間を減らす。AIに判断を任せない。記録は職員が事実を確かめて確定し、支援の計画は本人の意向を踏まえて所定の手順で作る。 使ってよいサービス
管理者が契約と設定を確認した〔サービス名〕の、事業所のアカウントだけ。個人のアカウントや私物の端末では、業務の文章を扱わない。 入力してよいもの
利用者の情報を含まない文章(お知らせ、手順書、研修資料、一般的な質問)。 入力しないもの
利用者・家族の名前。記号に置き換えた名前に、年代・利用サービス・出来事を組み合わせたもの。障害・病気・服薬・家族の事情。職員の個人的な情報。
※利用者の情報は、事業所として条件を決めて承認するまで入力しない。認める場合は、対象の書類と情報、利用目的、サービスの契約と設定の確認結果、本人への説明(必要な場合は同意)、承認した人を別に記録する。 入力する前に確かめること
誰のことか分かる記述はないか。障害・病気・家族の事情・サービスの利用が書かれていないか。事業所のアカウントか。 出力の扱い
日付・名前・数字・制度の説明は、元の資料と照らしてから使う。 誤って入力したとき
気づいたら、すぐに管理者へ連絡する。入力した内容、日時、サービス名を伝える。管理者が内容を確かめ、必要な対応を判断する。見直し
使い始めて1か月後に一度確かめ、その後は3か月ごとに、職員が迷った依頼をもとに3〜5を見直す。
4に「記号に置き換えた名前」を書いておくのは、依頼Bのようなメモを見落とさないためです。4の※は、条件が決まるまでは入力しないことと、認める場合に記録しておくことを示しています。
7で「すぐに」としているのは、個人情報保護委員会のガイドラインが、漏えい等やそのおそれのある事案が発覚した場合に、責任ある立場の者へ直ちに報告することなどを求めているためです。誤入力がこれに当たるかどうかは状況によります。その判断を職員一人に任せず、管理者が早く確かめられるようにしておきます。個人情報保護委員会 ガイドライン(通則編)3-5-2
本人には、何をどのAIで扱うかを分かる言葉で伝える
利用者の情報をAIに入れない運用でも、事業所でAIを使っていることを本人に伝えておくと、あとで使い方を変えるときに説明しやすくなります。たとえば、次のような短い説明が考えられます。
事業所では、お知らせや手順書の文章を整えるときに、AIを使っています。〇〇さんを含め、利用者のみなさんに関する情報は、AIに入れていません。使い方を変えるときは、前もって説明し、〇〇さんの考えを聞きます。
利用者の情報を扱う作業を認めた場合は、どの書類をどのAIで何のために扱うのかを、本人に分かる方法で説明します。個人情報保護委員会のQ&Aは、障害福祉サービス事業者等に、障害の特性に応じた配慮が望ましいとしています。例として、手話や点字で利用目的を示すことや、知的障害のある人などに平易な表現で説明することが挙げられています。個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」Q1-35
説明は本人が基本です。家族への説明や共有は、本人の意向と必要な範囲を確かめたうえで行います。
次の職員会議で、職員の依頼文から試す
利用ルールは、「個人情報は入力禁止」の一行を、職員が入力の前に判断できる形へ置き換えるものです。まずは、次の手順で試してみてください。
- 職員に、AIに頼みたい文章作業を一つずつ書き出してもらう(実在の利用者の情報は書かない)。
- 書き出した作業を、依頼A・B・Cのどれに近いかで分ける。
- 例文の2〜5に当てはめ、事業所のルール案にする。
1か月ほど使ったら、職員が迷った依頼の内容と、誤入力の連絡があったかを振り返ります。迷った依頼は、4と5の書き方を見直す材料になります。
書き出した依頼の多くが依頼Bに近かったり、使っているサービスの契約や設定の確かめ方が分からなかったりする場合は、事業所の中だけで決めきるのは難しいかもしれません。法人の中で事業所ごとにルールがそろっていない場合も同じです。
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