福祉現場のAI研修で効果が出ないとき 夜勤や非常勤の職員にも届く組み直し方

時間をやりくりして職員向けの生成AI研修を開いたのに、1か月たっても仕事で使っているのは数人だけ。感想アンケートは悪くなかったものの、夜勤や非常勤の職員にはそもそも研修が届いていない。障害福祉の事業所では、せっかく準備した研修が現場に根づかず、肩を落とす場面が少なくありません。
研修の効果が出ないと感じたとき、見直したいのは講義のうまさよりも、研修のあとに職員が自分の勤務の中で試せる形になっているかです。試す業務を一つに絞り、使ってよい範囲を先に決めたうえで、全員が一度に集まれない前提で短い練習課題として届ける。2週間ほどたったら、誰が何を試し、どこで手が止まったかを振り返ります。シフト勤務の事業所を念頭に、架空の申し送りメモを使った練習課題とあわせて組み直しの手順をたどっていきます。
研修のあとで使われないときに、確かめる三つのこと
研修を終えた職員に「明日の勤務で、何にAIを使いますか」と尋ねたとき、すぐに具体的な仕事が返ってくるでしょうか。もし言葉に詰まるようなら、現場では次の三つのどこかで足が止まっています。
- 何に使うかが決まっていない。研修でできることを幅広く紹介するほど、自分の仕事のどこで使うかは各自に委ねられます。日々の支援に追われる合間に、使い道を一から考える余裕はなかなか持てません。
- 使ってよい範囲が分からない。利用者の情報を入れてよいのか、どのサービスなら認めるのかが曖昧なままでは、慎重な職員ほど手を出しません。それは現場を守るうえで健全な判断でもあります。
- 研修を受けたのが一部の職員に限られている。日中に人を集めるやり方では、夜勤明けの職員や非常勤の職員が参加しづらくなります。受けた人と受けていない人の間で、知識も不安も差が開きがちです。
どこで詰まっているかが見えれば、手を入れる場所も決まります。使い道に迷っているなら研修の題材を、情報扱いが不安なら事業所の決まりを、参加に偏りがあるなら届け方を直していく。三つが重なっている現場も珍しくありません。
研修の前に、試す業務と使ってよい範囲を決めておく
研修をやり直すときは、まず扱う業務を一つに絞ることから始めます。複数の業務を一度に扱うと手順が散らばるため、最初は利用者の個人情報を入れずに練習でき、どの勤務帯の職員も関わる仕事を選ぶのが現実的です。たとえば、夜勤から朝の職員への申し送りを整える作業や、行事のお知らせ文を短くまとめる作業が挙げられます。申し送りのように実際の業務では利用者の情報を含むものも、事業所として扱う条件が整うまでは架空の題材で練習するのが基本です。
試す業務とあわせて、次の三つの範囲も研修の前に決めておきます。
- 事業所として利用を認めた生成AIサービス
- 入力してよい情報と、入力しない情報
- AIが作った下書きを、誰が確かめてから業務に使うか
なかでも利用者の情報の扱いは、曖昧なまま研修を始めてはいけません。障害福祉サービスを利用していることが分かる情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当します。個人情報保護委員会 ガイドライン(通則編)2-3
個人情報保護委員会は、生成AIサービスに個人データを入力する際、本人の同意を得ないまま応答結果の出力以外の目的で扱われれば法令違反になるおそれがあると注意喚起しています。入力を行う場合には、提供事業者がそのデータを機械学習に利用しないことなどを十分に確認しなければなりません。個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)
この注意喚起に沿い、研修では「事業所が条件を決めて認めるまで、利用者の情報は入力しない」という出発点を明確に伝えます。事業所として条件を定めるときは、利用目的の達成に必要な範囲内か、本人の同意が要るか、使うサービスの契約や設定で入力情報がどう扱われるかの三点を確かめます。確かめきれないうちは、架空の題材での練習に限ってください。何を入れてはいけないかがはっきりしていれば、職員が「よく分からないから使わない」と迷う場面を減らせます。
シフト勤務の事業所では、全員が集まる研修を前提にしない
シフトが組まれている事業所では、法令で求められている研修でさえ、夜勤や非常勤を含む全員に届けるには時間や方法の工夫が欠かせません。障害福祉サービスの運営基準は、事業者に従業者の資質の向上のための研修の機会を確保するよう求めており、グループホーム(共同生活援助)では第212条第5項にその定めがあります。虐待の防止と身体拘束等の適正化については従業者への研修を、業務継続計画については研修及び訓練を、定期的に行うことが定められています。条文は居宅介護の第40条の2・第35条の2・第33条の2に置かれ、生活介護やグループホーム、就労系のサービスなどに準用される仕組みです。e-Gov法令検索「障害者総合支援法に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準」(平成18年厚生労働省令第171号)
一方、少なくともこの基準には、生成AIの研修を行うよう定めた規定はありません。こうした法定研修の時間を削ってAIの研修にあてるのは本末転倒ですが、普段シフト勤務の職員へ法定研修を届けるために行っている工夫は、そのままAIの研修にも借りられます。
厚生労働省の事業で作られたテクノロジー導入のマニュアルでも、導入しただけでは改善につながらず、習熟のための時間と仕組みを前もって計画しておくことが重要だとされています。具体例として挙がっているのが、「紙1枚の簡易マニュアル」を現場に置くことや、相談役になる担当者を決めておくといった工夫です。厚生労働省の事業で作成された「障害福祉現場における介護テクノロジー等導入・活用マニュアル」(2026年4月発行)
この考え方をシフト勤務の事業所に当てはめると、全員を一度に集めなくても、次のような形で研修を届けられます。
- 1回の長い講義をやめ、15分ほどの短い回に分ける。1回目は使ってよい範囲の確認、2回目は練習課題、3回目は振り返り、のように1回につき一つのテーマに絞る。
- 同じ回を、日中の交代前と夕方の引き継ぎ後など時間を変えて開く。短い録画と紙の課題も残しておき、その日に出られなかった職員も同じ手順をたどれるようにする。
- 練習にあてる時間は、勤務の中で事業所が確保する。夜勤の巡視や記録の合間に課題を進めるよう求めず、夜勤専従の職員には、出勤前後の15分や日中の会議日など、支援や見守りに支障のない別の時間を勤務として設ける。
- 使ってよい範囲と練習課題を、紙1枚のシートにまとめて配る。休憩室や事務室のファイルにも綴じておき、どの勤務帯の職員も同じ紙を見ながら確かめられる状態にする。
- 現場で迷ったときに聞く相談役を一人決めておく。「このメモは入れてよいか」とその場で尋ねられる相手がいれば、一人で抱え込まずに済む。
目指したいのは、出席簿の人数をそろえることだけではありません。どの勤務帯・雇用形態の職員であっても、同じ課題を自分の手で試し、同じ確かめ方を身につけた状態を作ることです。
練習課題は、事業所の仕事に似せて架空で作る
練習課題は、事業所で毎日行っている仕事に似せて、架空の題材で用意します。ここでは、グループホームの夜勤から朝の職員へ引き継ぐ申し送りを例にとって見ていきましょう。次のメモは、研修用に作った架空の記録です。
練習用の架空メモ(グループホーム、夜勤の職員が書いたもの)
Cさん
・22時、居間でテレビを見ていた。声をかけると「もう少し見る」と答えた
・23時に自室に戻った
・2時にトイレに起きた。その後、廊下で立ち止まっていたので声をかけると、自室に戻った
・6時に起床。朝食は半分ほど食べた
・「きょう、病院?」と聞かれたので、通院は明日と伝えた
課題1 下書きと元のメモを見比べる
最初の課題は、パソコンやスマートフォンを開く前に、紙の上だけで取り組める内容です。次の文章を「AIが作った申し送りの下書き」と見立てて、元のメモとどこが違っているかを探してもらいます。これも説明用に作った想定文であり、実際のAIの出力ではありません。
Cさんは夜中に不安で眠れなかった様子で、廊下を歩き回っていた。食欲もなく、通院のことを気にしていた。
相談役の職員が隣で一緒に見比べるときは、次の三つの視点を答え合わせの手がかりとして手渡します。
- 足された言葉: 「不安で」「眠れなかった様子」は、元のメモには書かれていない気持ちや状態の推測です。
- 変わった事実: 「立ち止まっていた」が「歩き回っていた」に、「半分ほど食べた」が「食欲もなく」に書き換わっています。
- 消えた言葉: 「もう少し見る」「きょう、病院?」という本人の言葉と、通院は明日と伝えた職員の対応が抜けています。本人の問いかけが「気にしていた」という推測に置き換わり、時刻やテレビを見ていたこと、トイレに起きた事実も残っていません。
もし朝の職員がこの下書きだけを読んだら、Cさんの夜の様子を実際とは違う姿で受け取ってしまうかもしれません。課題1で身につけたいのは、AIに上手な文章を書かせるコツではなく、元のメモと照らし合わせて事実のずれに気づく目です。
課題2 指示文を書いて、確かめる
二つ目の課題では、事業所が利用を認めたサービスを使い、先ほどの架空メモを自分の手で整えてもらいます。まずは次のような指示文を配り、そのまま入力して試すところから始めてみてください。
以下は練習用の架空のメモです。朝の職員への申し送りとして、時刻の順に整えてください。
・メモにある行動・言葉・時刻だけを使ってください。
・メモにない気持ちや理由、評価の言葉を足さないでください。
・本人の言葉は「」でそのまま残してください。
・職員が伝えたこと、行ったことも省かないでください。
(ここにメモを貼る)
画面に文章が返ってきたら、課題1と同じ三つの視点で元のメモとの違いを確かめていきます。書いていない推測が足されていないか、事実が変わっていないか、本人の言葉や職員の対応が抜けていないか。一つずつ目で追いながら、気づいた違いを紙の余白に書き出してもらいます。
ここで大切なのは、AIを使わないという判断も、正解の一つとして認めることです。5行ほどの短いメモなら、AIに指示を出して確かめるより、自分で書き直したほうが早い場面も少なくありません。課題の最後に「どんなときなら使い、どんなときは使わないか」を一人ひとりの言葉で挙げてもらうと、次の回で現場のルールをすり合わせる生きた材料になります。
研修から2週間後に、振り返ること
練習課題を配ってから2週間ほどたったら、現場でどのくらい試せたかを振り返ります。先ほどのテクノロジー導入マニュアルが改善の定着しない要因に挙げているのも、振り返りを行わないまま時間が過ぎてしまうことです。
このとき見るのは、AIを使った回数や短縮できた時間だけではありません。次の四つの観点を書き出してみてください。
- 研修の対象者・課題を終えた職員・まだの職員を、日中・夕方・夜勤などの勤務帯と、常勤・非常勤の別に書き出し、まだの職員には勤務内のどこで受ける機会を作るかを決める。
- 「この情報は入れてよいか」「どのサービスで試せばよいか」など、職員から出た質問や手が止まった場面を集める。
- 決まりの範囲で実際の仕事に使った場面と、あえて使わなかった場面、使わなかった理由を聞き取る。
- 元のメモとAIの下書きを照らし合わせたときに、どんな違いが見つかったかの実例を持ち寄る。
もし使った回数が少なくても、焦る必要はありません。入力しない情報を含む業務だったために使わなかったのなら、それは研修で伝えた決まりが現場できちんと働いている証拠です。反対に、練習する時間が取れなかったり、選んだ題材が普段の仕事に合わなかったりしたのなら、職員の意欲ではなく届け方や題材を見直します。作業時間を比べる際も、下書きが出力されるまでの速さだけでなく、元のメモと照らし合わせて手直しする時間まで含めて測ることが欠かせません。
集まった声を並べると、次に手を入れる場所がはっきりします。「この情報は入れてよいか」という質問が重なるなら事業所の決まりに具体例を書き足し、まだ課題を終えていない職員が特定の勤務帯や非常勤に偏っているなら、その時間帯への届け方を組み替えます。元のメモとの違いを見落とす場面が目立つときは、課題1のような見比べの練習をもう一度挟むのが堅実です。
研修をやり直す前に、届いていない職員を書き出す
AI研修の効果が出ないと感じたときは、新しい講義を増やす前に、職員が日々の勤務の中で迷わず試せる形になっているかを見直します。まずは手元のシフト表や職員名簿を開き、次の三つの順に進めてみてください。
- 前回の研修の対象者を勤務帯と雇用形態ごとに書き出し、まだ届いていない職員を確かめる。
- 試す業務を一つに絞り、使ってよいサービス・入力しない情報・確かめる人を紙1枚にまとめる。
- 架空の題材で15分ほどの練習課題を作り、勤務帯ごとに届けて、2週間後に四つの観点で振り返る。
実際にシフト表を前にして書き出してみると、夜勤専従や非常勤の職員へどの時間帯なら無理なく15分の課題を届けられるか、組み方に悩む場面が出てきます。自分の事業所の申し送りや記録のうち、どれを最初の題材に選び、個人情報の扱いをどう線引きするかまで一人で決めるのは簡単ではありません。
職員向けのAI研修を現場に届く形へ組み直したいときは、株式会社サクポートの無料相談をご利用ください。事業所のシフト体制や現在の業務手順を伺いながら、最初に扱う業務の選び方や使ってよい範囲の整理、練習課題づくり、振り返りの進め方を一緒に検討できます。